小さな決心 2

「ええ、わからないわ。だって、あなたは何も言わないもの」
「……っ!」

小夜子の言葉に、織歌は息を呑んだ。
織歌のことなら何でもわかると言いたげだった小夜子からこんな言葉を聞くとは思わなかった。

「わたしはあなたのフォルテールの先生をしていて、あなたの演奏のことなら、何でもわかろうと努力はしているわ。でも、だからって、あなたの考えていることが何でもわかるエスパーじゃないの。思っていることは言わなきゃ相手には伝わらないのよ」
「……」
「わたしは思うの。あなたの悲劇は、天から与えられた才能が人よりも少し多かったことだって。あなたにフォルテールの才能や、音楽のセンスがなければ、あなたはもう少し、他人と交わる努力をしたでしょう……音楽に逃げ込むことなく」
「わたしは……!」

逃げてなんかいない、と言おうとした言葉を、強い視線で遮られた。

「音楽を逃げ場にするのはやめなさい、織歌。あなたの先生としてではなく、同じ人間としての忠告よ」

黙り込んでしまった織歌へと、小夜子はフッと微笑んで、持ってきていた封筒を差し出した。

「この学校はわたしの母校なの。全生徒に音楽教育を施すことで有名な学校よ。そして、あなたが悪く言ったオダンゴの子も、この学苑の生徒らしいわ」

封筒の表には、『桜立舎学苑高等部 入学案内在中』と印刷されてある。

「やっぱり織歌は似た境遇の同年代の女の子たちの間で生活する方が楽になれるかもしれないわね。桜立舎には、あなたと同じような悩みを抱えた子もたくさんいるわ。将来、音楽の道に進みたいのにスランプから抜け出せない子もいれば、今のあなたのように、音楽に没頭しすぎて、他人との距離感がわからなくなってしまった子もいるの」
「……」

織歌は黙って封筒を手に取った。

「音楽は巨大すぎる魔物よ。その魔物に向き合うためには、心の強さが必要なの」
「……」
「自分以外の誰かと一緒に生活することは、あなたを一回りも二周りも大きくしてくれるはず。そして、自分以外の誰かを思う気持ちは、あなたの心を強くするわ」

小夜子はどこか遠い目で窓の外を見た。

「わたしは桜立舎へ行くことで、音楽に潰されることから免れたの。もっとも、プロの音楽家としての成功を捨てる羽目になったのだけれど……今は後悔していないわ」
それから、織歌へと向き直る。

「織歌、あなたには後悔させたくないの。フォルテールに出遭い、フォルテールに没頭した過去を、忌まわしいものだと思わせるような未来を歩ませたくないの」
「……」

織歌は小さくため息をついてから、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
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