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『小さな決心3』

モヤモヤとした言いようのない感情を抱きながら、織歌は自室に戻って、五線紙に旋律を写し取る作業を再開した。
つっかえつっかえしながらも演奏していたかぐらの、それでも何故か楽しそうな表情が脳裏をよぎる。

「あんな演奏……最悪だったわ」

ペンを置いて、ボソッと呟いた。

「でも……」

幸せそうな微笑みだった。
あんな風に笑う人……初めて見た。
少なくとも、自分の周囲にはいないような気がする。

「……」

黙ったまま、織歌はフォルテールに向かった。
鍵盤に指を乗せて、自分なりにアレンジしたかぐらの旋律を奏でてみる。
指遊び程度の演奏ではあるが、やはり自分の演奏の方が観客をより満足させられるはずだ。
けれど、あの場にいた聴衆は、きっと自分のこの演奏には、あんな声援は送ってくれないだろうということは、ぼんやりとわかっている。
そう、何かが足りないのだ。
観客が夢中になって、声援を送りたくなるには、自分の演奏には何かが足りないのだ。
何が足りないのか、自分ではわからない。
けれど、小夜子にはわかっているという。
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小夜子が教えてくれないのは、それは誰かに聞いて教えてもらうようなことではなく、自分で探して見つけ出さなければいけないものだから、らしい。

「……はぁ」

織歌は大きなため息をついた。
考えてわかるくらいなら、最初からこうして悩んだりしない。
自分が悩まないために、小夜子が存在するのではないのか。
わからない。

「……何だというのよ」

忌々しそうに呟いて、織歌はフォルテールの前から離れた。

気がついたら、K駅前ロータリーに来ていた。
路上ライブがあった場所へと視線を向けると、ゆうながフォルテールをセッティングしているところだった。
今日もまたライブをやるのかな……。
そんなことを考えながら、じっと見ていたら、ゆうなが織歌に気づいたらしい。
こちらを見て、ちょいちょいと手招きしている。
織歌は周囲を見回して、他にゆうなが手招きしている人物がいないかどうか確かめてから、警戒しながら近づいてみた。

「何かご用ですか?」
「ご用ってほどのことはないけど……きみ、こないだ、かぐらちゃんの演奏をスゴイ顔で見てたでしょ」
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