〜第二章〜
だが、父母からかけられている期待の大きさを考えると素直に自分の希望を話すことがどうしてもできないのだ。
『自分は美術に関わる仕事がしたい』
部屋の片隅に立てかけてあるイーゼルはシェルの子供の頃からの宝物だ。このイーゼルでたくさんの絵画を描いてきた。
元々は教養の一環として始めた絵画だったが、その場その場の風景をカンバスに残していくという行為に次第に愛着を感じるようになった。女王になることを目的とした教育は半端なものではない。能力以上に日々を費やしていくことで一歩ずつ登っていくものだ。自分でもどうにもならないほど早く過ぎ去っていく日々を少しでも残しておきたいという想いが絵画に傾倒した理由かもしれない。
シェルの部屋の扉がノックされた。
「お嬢様。まもなくスーラ先生がお見えになります。ご準備をお願いします」
メルがさきほどとは打って変わった物腰でシェルに呼びかける。どうやらメイド長に叱られたようだ。
「準備は出来ています。お通ししてください」
答えが出ない問題を考えていたせいか、まだ頭が整理できていない。本来の意味での準備が出来ないままシェルはテキストを 用意しはじめた。
* * *
「では今日はここまでにしましょう」
スーラは教科書を閉じシェルを見つめた。いつもより10分ほど終わるのが早い。
スーラはシェルについている家庭教師の中でも格別厳しくシェルに教えている講師で、時間をオーバーすることはしょっちゅうだ。スーラの教え方は厳しいがとても丁寧で、項目を段階的に理解させて実力を向上させていく手法を取っている。そしてその各段階を完全に理解させてからでないと絶対に次に進まない。シェルは理解力を総動員して授業に臨んでいるが、どうしても理解できない箇所も多々ある。そんなときにスーラは時間を大幅に延長してでもシェルに理解させようと努力する。
厳しいことは承知の上で、スーラはシェルが最も信頼している講師の一人だ。
そのスーラが授業を早めに切り上げるには理由があるはずだが、今日のシェルは授業内容を全て理解したとは言い難い状況だ。
「先生、わたし今日の内容をまだ…」
シェルは素直に伝えることにした。スーラに用事があるのかもしれないが、事前に伝えないわけはない。
「今日は内容を十分に理解していない、ということを理解していることが大事ですよ、シェル様」
「え?」
スーラは変わらずシェルを見つめている。厳しい口調だが怒っているわけではないようだ。
「ご自分でお分かりになっているのでしょう?」
前へ -2- 次へ
×CLOSE×