〜第三章〜
ママと一緒にパンを焼く作業はとても楽しく、マールはその時間が来るのを心待ちにしている。
そして、自分で納得できるおいしいパンが焼けたら真っ先にリルテとシェルに食べてほしいと思っている。
リュミナス王国の女の子は例外なく王立魔法学校に入学する。どのような職業に就くにせよ高等科までは必ず卒業する ことになっている。
基本的に全員が世襲制ではない女王を目指して日々勉強に励んでいるのだが、それぞれの生徒の意識は 当然ながら一つの方向を向いているわけではない。
シェルのような貴族の家庭に育っている生徒は女王になることを大目標に 毎日を過ごしているが、生徒の大部分を占める商業地区や庶民地区の子供たちは、女王となることに漠然としたあこがれを 抱いているものの、どちらかというと雲の上のこととして捉えている。特に商業地区の家庭の子供たちは日々働く両親たちを 間近に見て過ごしているため、家業を継ぐ意識が強くなってくることが多い。
マールにはまだ明確な意識はないが、ママと パンを焼くことを楽しいと感じているのはその表れだろう。マールの双子の姉もそれぞれ別のお店で修業中だが、ママに 負けないようなパンを焼くことを目標に別のジャンルで魔力を高めることを選択した結果のようだ。
「ねぇパパ。お姉ちゃんたちはお家にいるときにおいしいパンを焼けたのかな?」
妹たちが新しいパンの籠を取りに工房に戻ってから、マールはずっと聞きたかったことをパパに尋ねた。
「そうだな。ママやパパは充分おいしいと思ったし、ママの元で修業していけばもっとおいしいパンを焼けるようになった かもしれない。でもお姉ちゃんたちにはお姉ちゃんたちの考えがあったんだと思うよ」
「ふーん…」
年の離れた姉たちはマールが王立魔法学校に入学した年に卒業して修業に出てしまったため、マールは彼女たちがパンを 焼いているところをほとんど見たことがない。マールにはいつもたくさん遊んでくれた優しい姉たちの記憶しか 残っていないのだ。
「難しく考えることはないぞ、マール。ママと一緒にパンを焼いていて楽しいだろう?」
「うん!すっごく楽しいよ!」
パパは満足そうにうなずいて言葉を続けた。
「お姉ちゃんたちだってマールと同じ年くらいの頃から楽しそうにパンを焼いていたよ。きっと、別の場所で修業しているのは もっともっと楽しくなるためなんじゃないかな」
マールはパパの言葉で自分が本当は何を聞きたかったのか分かった。
「そっか!そうだよね!やっぱり楽しくないとね!」
“楽しいこと”は大切なこと。そのためには何でもチャレンジしてみること。マールは悩み事があるらしいシェルや 人間界での修業に不安があるらしいリルテにこのことを伝えようと心に決めた。
「よーし、頑張るぞー、オー!」
「オー!」
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