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『小さな決心1』

一方の織歌は、というと、未羽が初めてかぐらの演奏を聞いたその路上ライブの聴衆の中にいたのである。

「……」

織歌は不機嫌だった。
わざわざ電車を乗り継いでやってきたというのに、この程度のレベルの演奏を聞かされるだけとは思っていなかったのだ。
舌打ちしたい気持ちを抑え、ぼんやりと音に耳を傾ける。
私服姿の女性の演奏はまだ失敗もなく、聞きやすいと思う。
しかし、制服姿の女子学生の演奏は、ミスだらけで、聞くに堪えなかった。
他の聴衆から「頑張って!」と声援が飛ぶ。
……ありえないでしょう、演奏に対してそんな声援は。
織歌はイライラしながら、傍らに立つ女性を見た。

「先生、もう帰っても良いでしょうか?」

先生と呼ばれたその女性は、不思議そうな顔で、織歌を見返す。

「あら、どうして? 来たばかりじゃないの」

織歌の眉が不快に寄せられる。

「時間の無駄です。こんなミスだらけの演奏を聞くことが、わたしのためになるんですか?」
「……織歌らしいわね」

女性はクスッと笑うと、織歌の頭を抱きこむようにして、前を向かせた。
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「いいから、聞きなさい。ここは、演奏の技術をひけらす場所ではなく、心を開く場所なのよ」
「意味がわかりません」
「じゃあ、織歌は、あのオダンゴの子を見て、どう思う?」
「あんな下手くそな腕で衆人環視の場に出てくることができるなんて、よほどの厚顔無恥なんですね」
「これはまた辛らつね……」

苦笑混じりに呟いた後、女性は織歌の頭を離した。

「では、もし織歌があの演奏をするとしたら、どんな風に演奏をするかしら?」
「え?」

言われたことが理解できずに、織歌は首をかしげた。

「あなたが演奏するのなら、まずはあの旋律を覚えなくてはいけないでしょう? つまりわたしは、覚えなさい、と言っているの」
「小夜子先生?」

怪訝そうな顔をする織歌に、小夜子はにっこりと微笑みを浮かべた。

「では、今日の課題。あのオダンゴの子が演奏した曲を覚えて、明日、聞かせてちょうだい」
「……」

課題、と言われてしまえば、織歌には逆らえない。
渋々ながらも前を向き、聞こえてくる演奏に耳を傾ける。
しかし、織歌が演奏に集中し始めた頃には、演奏は終わってしまった。
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