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「みんな、今日も集まってくれてありがとう!」

まだ聞ける演奏をした女性が声を張り上げる。
織歌はただ不機嫌そうに唇を引き結んだ。

「残念だったわね、あなたが最初から真面目に聞いていれば、1曲で帰れたのに。取り敢えず、今日はまだここにいる必要がありそうよ?」
「……」

織歌は悔しそうに、傍らに立つ小夜子を睨んだ。

「そんな顔をしてもダメ。ほら、前を向いて。あなたは、あんな風に聴衆にリップサービスもできるようにならないといけないのよ?」

路上では、先ほどの女性が聴衆に向かって話している。

「今日は、お友達のかぐらちゃんが加わってくれることになったんだよ。さ、かぐらちゃん、一言どうぞ?」
「あ、えー……っと……、その……。こ、こんにちは、宮藤かぐらです。えっと……」

これで、あの下手くそな演奏をしていたオダンゴ頭の女子生徒の名前がわかった。
宮藤かぐら……この自分にこんな面倒なことをさせることになった人物の名前は、きっと一生忘れないだろう。

「わ、わたしなんかがこんな場所で演奏しちゃって良いのかなって思ったんですけど……、その……ゆうなさんに誘われて、来ちゃいました。えと……」

引き続き、聞ける演奏をした女性の名前もわかった。
けれど、それぞれの名前がわかっただけでは、自分はまだ帰れない。
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イライラしながら、織歌はそっと自分の右手の人差し指を噛む。

「あの……ごめんなさい、何度もミスちゃって……。それでも、少しでも楽しんでいただけていたら、とても嬉しいです」

楽しめるわけがないじゃない、と、心の中で呟く。
が、他の聴衆は違ったらしい。
「ミスなんて大丈夫!」という、信じられない声援が飛んでいた。
更に信じられないことに、その意見は大半の聴衆に受け入れられたようで、あちこちから同意のジェスチャーや声が漏れている。

「あの……ありがとうございます。これからも、いっぱい練習して、頑張ります」
「大丈夫だよ、普段のかぐらちゃんは良い演奏できてるって! こういう風に、人前で演奏する度胸さえつけば、すぐにでも、ここの人たちを楽しませることができるよ!」
「そ、そうかな……?」
「そうだよ、かぐらちゃん、自信を持って!」

ゆうなとかぐらの遣り取りに、織歌は吐き気さえ覚えた。
この人たちは何を言っているのだろう……?
できないことを「できないから」と言い訳して、努力もせずに、傷の舐めあいをしているだけにしか思えない。
自信を持つのが許されるのは、必死で努力した人間のみだと織歌は思う。
なのに、ゆうなは、かぐらの何を見て『自信を持て』なんて言葉を吐くのだろう?

「……」

織歌には、何故、小夜子が自分をここに連れてきたのか、その理由がわからなかった。
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