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だが、効率主義者の小夜子がわざわざ行動を起こすからには、何かがあるのだろう。
それが何かはわからないが、小夜子のレッスンを受けている自分には、小夜子の言葉に従う義務がある。
だから織歌は、始まったゆうなの演奏を黙って聞くことにした。
……どうせなら、あの下手くそなオダンゴの演奏じゃなくて、こっちの演奏を覚えたかったな。
そんなことを考えながら、ゆうなの奏でる旋律を脳細胞に刻み込むように、音の一つ一つを丁寧に拾ってゆく。
ゆうなの音は、思っていたよりも拾いやすくて、織歌は知らない内に、ゆうなの旋律を追うのに夢中になっていた。
ポンと肩を叩かれ、ハッと我に帰ると、旋律は途切れ、あたりはざわめきに包まれている。

「せ、先生……?」
「インターバルよ、あなたも休憩しなさい」

目の前にパックジュースが差し出された。
こくりと頷いて、冷たいそれを手にする。

「あの人……ゆうなさん? の、音……意外に聞きやすかったです……」
「驚いたでしょう?」

小夜子の言葉に、織歌は素直に頷いた。
どうせ下手な者同士、わざわざ聴く価値もないだろうと思っていたのだ。
だから、音を聞き取るために集中しようとしても、集中しきれずに途切れてしまうと思っていたのだが、どうやら自分は何曲か連続で集中して聞いていたらしい。
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頭の奥に、じんわりと心地よい疲労感を覚える。
こんな感覚は久しぶりだった。

「あなたに正確な演奏を求めてきたわたしが、こんなことを言うものおかしいけれど、音楽って、演奏技術を競うものなんじゃないんだってこと、彼女たちの演奏を聴いて思い出したのよ」

優しい眼差しで、小夜子はじゃれあっている2人を見ていた。

「確かに、楽譜通りに演奏する正確な演奏も必要よ。でも……それ以上に必要なことがあるということを、わたしはあなたに教えてこなかったわ」
「……」

織歌は黙って小夜子を見つめる。

「あなたは最近、何かにつまづいて、立ち止まってしまっているわね。けれど、それが何なのか、あなたにはわからない。だから、いつまで経っても、先に進めない」
「……」

小夜子の言っている言葉の意味が良くわからない。
自分は立ち止まってなぞいない、と言いたかった。
けれど、声が出ない、唇が動かない。

「あなたが足踏みしている理由を口で説明するのは簡単だけど……それじゃ、あなたは成長しないの。ううん……違うわ、成長しないだけじゃなくて、あなたの本当の才能の芽を摘んでしまうかもしれない……」
「意味が……わかりません」

かすれた声で、それだけ言う。
小夜子が小さく微笑んだ。
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