小さな決心 1

「頭ではわからなくても良いの。ただ、わたしはあなたに『感じる』ということを覚えて欲しいだけ」
「……感じる?」
「彼女たちの演奏には、あなたを1回りも2回りも大きく成長させるものが潜んでいるわ。織歌には、それが何なのかを感じ取ってほしいの」
「……」

小夜子が何を言っているのか、まったくわからなかった。
が、いつまで経っても、小夜子は織歌にも明快にわかるような答えを提示するつもりはないらしい。

「わけが、わかりません。わたしに向けておっしゃっているのなら、わたしにわかるように説明するのが筋だと思いますが?」

小夜子を睨むように見つめて、織歌が言った。
しかし、小夜子はただ苦笑にも似た微笑みを浮かべただけだった。

「そろそろ次の演奏が始まるみたいよ……ふふ、ちょうど、あなたの課題の相手なのね」

正面に目を向けると、かぐらが一歩進み出てきたところだった。

「かぐらちゃんの演奏を聞きたがってるお客様が何人もいらっしゃるみたいなので、次は、かぐらちゃんのナンバー! 慣れてない子だから、いじめちゃダメだよ?」

ゆうなのアナウンスに、織歌の眉がまた寄せられる。
またあの下手くそな、たどたどしい演奏を聞かせられるのかと思うと、苛立ちが募る。
が、小夜子の言いつけには逆らえない。

自分がフォルテール奏者として、中学生ながに成功しているのは、小夜子に師事したからだと、織歌は思っていた。
つまり、今後の更なる成功のために、織歌は小夜子の言う通りに動く覚悟があるのだ。
それがどんなに理不尽な指示であっても、その通りに従うつもりだった。
まさかこんな場所で、自分の覚悟を試されるとは思わなかったが、小夜子がやれと言ったのだ、やらないという選択肢は織歌にはない。

「……」

織歌はゆっくりと深呼吸をした。
……たいしたことないわよ、きっと。
かぐらが鍵盤に指を乗せたのを見届け、そっと目を閉じる。
柔らかな音が周囲に満ちる。
さっさと覚えて、早く家に帰って、練習しなくては……。
音に耳を傾けながら、織歌がそう考えた時だった。
胸の奥底に、何やらわけのわからないモヤモヤとしたものが浮かび上がってきた。

「……?」

ゆっくりと目を開ける。
ペットボトルを傾けているゆうなと、フォルテールに向かっているかぐらがいる。
何の変哲もない、演奏風景にしか見えない。
なのに……この胸のざわめきは何だというのか。
ちらっと隣に立つ小夜子を見る。
小夜子は優しい目でかぐらを見ていた。
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