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「え……?」

思ってもいなかった言葉に、織歌は鍵盤の上を躍らせていた指を止めた。

「わ、わたしは寮に入りますけど……でも、夏休みとかの長期休暇には家に戻ってくるつもりです。
たしかに、今までのように、ほとんど毎日のように、練習を見ていただくことはなくなってしまいますが……先生との契約はまだ終わりではないはずで……」
「そうじゃないのよ、織歌」

フッと笑って、小夜子は織歌の言葉を遮った。

「そうじゃないの。
わたしも、もう一度、夢を追いかけてみようって思って……」
「先生?」
「手術、受けてみようって思うの」
「…………!」

織歌はビクリと肩を揺らす。

「手術、って……」
「まだ若いっていっても、この先、身体は老化する一方だし、今のままの生活をどれだけ続けられるかわからないでしょう?
なら、今、まだ若いうちに……身体が衰えていないうちに手術すれば、って……思ったの。
万一のことがあっても、体力がある分、帰ってこられる可能性が高くなるでしょう?」
「ま……万一……?」
「当時のわたしの心臓では、プロの生活は望むべくもなかった。
だから、スランプを理由に、わたしは世界の舞台に立つことから逃げたの。
でも、手術をすれば……もしかしたら、あきらめていた世界に、あの舞台に立てるかもしれない。
世界の舞台に立てなくても、
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少なくとも、挑戦することはできるようになるわ」

にこっと微笑む小夜子。

「そう考えたら、じっとしていられなくなったの。
逃げているだけの自分が、恥ずかしくもなったわ。
もう遅いなんてわかっているの。でも、このまま何もしないより、どんな結果になったとしても、挑戦してみたくなったの」
「決心……されたんですね……」

答える代わりに微笑んだ小夜子は、そっと織歌の手を握った。

「あなたが……あなたの勇気が、わたしに決心させてくれたのよ。
今のままじゃいけない、リスクを恐れちゃいけないって」

微笑む、小夜子。
織歌は黙って小夜子を見上げた。
見慣れた顔なのに、どこか眩しく感じる。
目を離すこともできない。

「だから、手術を受けるの。
将来、あの二波織歌の指導をしたフォルテニストだってインタビューをされて、あなたと一緒の写真に入るために」
「…………!」

小夜子の決心は既に固いようだ。
もう織歌が何を言っても、ひるがえらないだろう。

「……先生」

視界が揺れる。

「しゅ、手術は、いつですか?」

声が震える。
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